2024年06月27日
「恐れながら」
「恐れながら」
すると控えていた三保野が、やや険のある声で千代山に呼びかけた。
「まことに忝ない御意ながら、姫様のお世話ならば私たちだけで十分にございます。
わさわざ御老女殿のお手を煩(わずら)わせる必要はないかと」
帰蝶は「これ、三保野」と窘めたが、三保野にも専属侍女としての誇りがある。
それは、小見の方の人選によって登用された他の侍女たちも同じ思いだった。
「私が姫君様にお仕えするのは、婚礼の儀が一通り終わるまでの僅かな間でございます。
お方々のお役目を奪うような真似は致しませぬ故、どうぞ、ご安堵召されませ」 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/06/27/163856?_gl=1*5251ty*_gcl_au*MTY2OTkwNTc4OC4xNzE4OTcyMTIz http://jennifer92.livedoor.blog/archives/36133597.html http://hkworld.blogg.se/2024/june/entry-3.html
千代山は微笑(わら)いながら礼を垂れた。
「されど姫様には、この短き間に主だった者たちへの目通り、また織田家の仕来たりや習わしなど、
色々とお覚えいただく事も多ございます故、くれぐれもお気を抜かれませぬよう」
「心得ましてございます」
帰蝶は頷くと
「…千代山殿」
「はい」
「信長殿はいつ戻って参られるのでしょう? さすがに、明日の婚礼までには戻って参られましょうな?」
今最も気になることを率直に訊ねた。
千代山の片眉が微かに波うつ。
「…それは…勿論でございます」
「本当ですか?」
「…はい。な、何せ、ご自身のご婚礼なのですから。…きっと戻って参られましょう」
目を泳がせながら言う彼女の言葉には、まるで説得力がなかった。
帰蝶の小さな胸に徒ならぬ不安が押し寄せる。
『 私が今日この城に入ることは信長殿とて知っておろうに…。
いったい、どこで何をなされておいでなのか 』
目通りの席にも顔を出さない信長。
親族すらも荒くれ者と認める信長。
新妻である自分をこんなにも不安にする信長。
まだ彼と直に会っていない為、夫が真のうつけかどうか俄(にわか)に判断は出来なかったが、これだけは帰蝶にも分かっていた。
幼い頃から夢に見ていた自分の晴れの日が、この夫のせいで台無しになりつつあるのだと──。
翌二十四日の未(ひつじ)の刻。
帰蝶は自身の婚礼の式に臨む為、美しい白無垢の姿で奥御殿の居室を出た。
新たに付けられた数十名の婢(はしため)たちが平伏の姿勢で見送る中、
帰蝶は千代山や、三保野ら侍女たちに介添えされながら、しずしずと婚礼の式が執り行われる表御殿へと歩いて行く。
晴れの式への緊張と、信長は戻って来ているのかという心配もあり、帰蝶の心は決して穏やかではなかった。
しかしそこは賢い姫である。
『 こんな時だからこそ自分が一番しっかりしなくては 』
という責任感のような思いもあり、帰蝶はあくまでも毅然とした態度で、目の前の長い渡り廊下を進んで行った。
「──姫君様のお着きにございます」
やがて祝言の儀式が執り行われる部屋に着き、帰蝶は純白の装いの身を、そっと室内に入れていった。
厳格な雰囲気の部屋の上座には、きらびやかな金屏風が広げられ、その手前に高麗縁の畳が二つ向かい合うように置かれている。
その脇には三方、熨斗、三重杯、朱盃などの婚礼道具がずらりと並べられ、如何(いか)にもおめでたい雰囲気が漂っていた。
既に下座には、信秀や土田御前ら織田家の面々が控えている。
彼らが、入って来た帰蝶を黙って迎え入れると
すると控えていた三保野が、やや険のある声で千代山に呼びかけた。
「まことに忝ない御意ながら、姫様のお世話ならば私たちだけで十分にございます。
わさわざ御老女殿のお手を煩(わずら)わせる必要はないかと」
帰蝶は「これ、三保野」と窘めたが、三保野にも専属侍女としての誇りがある。
それは、小見の方の人選によって登用された他の侍女たちも同じ思いだった。
「私が姫君様にお仕えするのは、婚礼の儀が一通り終わるまでの僅かな間でございます。
お方々のお役目を奪うような真似は致しませぬ故、どうぞ、ご安堵召されませ」 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/06/27/163856?_gl=1*5251ty*_gcl_au*MTY2OTkwNTc4OC4xNzE4OTcyMTIz http://jennifer92.livedoor.blog/archives/36133597.html http://hkworld.blogg.se/2024/june/entry-3.html
千代山は微笑(わら)いながら礼を垂れた。
「されど姫様には、この短き間に主だった者たちへの目通り、また織田家の仕来たりや習わしなど、
色々とお覚えいただく事も多ございます故、くれぐれもお気を抜かれませぬよう」
「心得ましてございます」
帰蝶は頷くと
「…千代山殿」
「はい」
「信長殿はいつ戻って参られるのでしょう? さすがに、明日の婚礼までには戻って参られましょうな?」
今最も気になることを率直に訊ねた。
千代山の片眉が微かに波うつ。
「…それは…勿論でございます」
「本当ですか?」
「…はい。な、何せ、ご自身のご婚礼なのですから。…きっと戻って参られましょう」
目を泳がせながら言う彼女の言葉には、まるで説得力がなかった。
帰蝶の小さな胸に徒ならぬ不安が押し寄せる。
『 私が今日この城に入ることは信長殿とて知っておろうに…。
いったい、どこで何をなされておいでなのか 』
目通りの席にも顔を出さない信長。
親族すらも荒くれ者と認める信長。
新妻である自分をこんなにも不安にする信長。
まだ彼と直に会っていない為、夫が真のうつけかどうか俄(にわか)に判断は出来なかったが、これだけは帰蝶にも分かっていた。
幼い頃から夢に見ていた自分の晴れの日が、この夫のせいで台無しになりつつあるのだと──。
翌二十四日の未(ひつじ)の刻。
帰蝶は自身の婚礼の式に臨む為、美しい白無垢の姿で奥御殿の居室を出た。
新たに付けられた数十名の婢(はしため)たちが平伏の姿勢で見送る中、
帰蝶は千代山や、三保野ら侍女たちに介添えされながら、しずしずと婚礼の式が執り行われる表御殿へと歩いて行く。
晴れの式への緊張と、信長は戻って来ているのかという心配もあり、帰蝶の心は決して穏やかではなかった。
しかしそこは賢い姫である。
『 こんな時だからこそ自分が一番しっかりしなくては 』
という責任感のような思いもあり、帰蝶はあくまでも毅然とした態度で、目の前の長い渡り廊下を進んで行った。
「──姫君様のお着きにございます」
やがて祝言の儀式が執り行われる部屋に着き、帰蝶は純白の装いの身を、そっと室内に入れていった。
厳格な雰囲気の部屋の上座には、きらびやかな金屏風が広げられ、その手前に高麗縁の畳が二つ向かい合うように置かれている。
その脇には三方、熨斗、三重杯、朱盃などの婚礼道具がずらりと並べられ、如何(いか)にもおめでたい雰囲気が漂っていた。
既に下座には、信秀や土田御前ら織田家の面々が控えている。
彼らが、入って来た帰蝶を黙って迎え入れると
Posted by energyelaine at 17:13│Comments(0)