2024年07月05日
「ああ。まるで昔の儂のような
「ああ。まるで昔の儂のような、湯帷子一枚の滑稽な形(なり)で逃げ込んで来おってのう」
「昔と申されても、つい昨年のことでございましょうに」
「余計なことは言わぬで良い」
細い声で窘めると
「されども義銀殿の存在がこちらにあれば、儂も遠慮のう太刀が振れるというもの。
義銀殿を旗印とし、必ずや大和守家の宗家面を潰してみせようぞ」
信長は毅然として宣言すると、その薄い唇の間から白い八重歯を覗かせた。
「清洲の城に移り住む云々というお話は、こういう事だったのですね」
「応よ。今は忌々しき輩がおわす城なれど、清洲の城は尾張で最も壮大、かつ主君の威厳溢れたる城じゃ。あれぞ儂が住むに相応しい城じゃと常々思うておった」
「なれどこの那古屋の城とて、威厳と風格を湛えた素晴らしき城と存じまする。http://mathewanderson.zohosites.com/ https://mathewanderson.livedoor.blog/archives/3301726.html http://mathewanderson.blogg.se/2024/june/entry.html
主君にとって大切なのは、住まう城ではなく、ご人徳と優れたる心映えにございます」
「分かっておるわ、左様な事くらい。……そなた、いちいち水を差すような事を申すのう」
「殿があまり驕(おご)り過ぎぬよう、正室としてお諌め申しているだけにございます」
姫は“正室として”と言うが、まるで子供をあやす母のような甘いものの言い方である。
「儂がいつ驕ったと申すのだ !?」
「既に清洲の城を手に入れたも同然という口振りをなさっておられまする。勝敗はまだついてはおりませぬぞ」
「必ずや勝利致す。つい今しがたそう宣言したはがりではないか」
「ですから、それが驕りだと申し上げておりまする。戦勝に目を向けるのもようございますが、その為に命懸けで闘う家臣たちの事も考えられませ。
己の親兄弟・妻子らを家に残して死地に赴くのです。殿のそのような驕り昂りが、万一にも負け戦などを招いてしもうては皆々に申し訳が立ちませぬぞ」
「元より承知──。村木での戦の折に、それをそなたに説いたのは誰あろう儂自身じゃ。言われるまでもない」
「でしたら、何事にもご慎重になされませ。守護代殿との戦ともなれば、寝返りや調略などが
「昔と申されても、つい昨年のことでございましょうに」
「余計なことは言わぬで良い」
細い声で窘めると
「されども義銀殿の存在がこちらにあれば、儂も遠慮のう太刀が振れるというもの。
義銀殿を旗印とし、必ずや大和守家の宗家面を潰してみせようぞ」
信長は毅然として宣言すると、その薄い唇の間から白い八重歯を覗かせた。
「清洲の城に移り住む云々というお話は、こういう事だったのですね」
「応よ。今は忌々しき輩がおわす城なれど、清洲の城は尾張で最も壮大、かつ主君の威厳溢れたる城じゃ。あれぞ儂が住むに相応しい城じゃと常々思うておった」
「なれどこの那古屋の城とて、威厳と風格を湛えた素晴らしき城と存じまする。http://mathewanderson.zohosites.com/ https://mathewanderson.livedoor.blog/archives/3301726.html http://mathewanderson.blogg.se/2024/june/entry.html
主君にとって大切なのは、住まう城ではなく、ご人徳と優れたる心映えにございます」
「分かっておるわ、左様な事くらい。……そなた、いちいち水を差すような事を申すのう」
「殿があまり驕(おご)り過ぎぬよう、正室としてお諌め申しているだけにございます」
姫は“正室として”と言うが、まるで子供をあやす母のような甘いものの言い方である。
「儂がいつ驕ったと申すのだ !?」
「既に清洲の城を手に入れたも同然という口振りをなさっておられまする。勝敗はまだついてはおりませぬぞ」
「必ずや勝利致す。つい今しがたそう宣言したはがりではないか」
「ですから、それが驕りだと申し上げておりまする。戦勝に目を向けるのもようございますが、その為に命懸けで闘う家臣たちの事も考えられませ。
己の親兄弟・妻子らを家に残して死地に赴くのです。殿のそのような驕り昂りが、万一にも負け戦などを招いてしもうては皆々に申し訳が立ちませぬぞ」
「元より承知──。村木での戦の折に、それをそなたに説いたのは誰あろう儂自身じゃ。言われるまでもない」
「でしたら、何事にもご慎重になされませ。守護代殿との戦ともなれば、寝返りや調略などが
Posted by energyelaine at
00:43
2024年07月05日
こんな事を頻繁にしているので
こんな事を頻繁にしているので
「そんなに生き物がお好きならば、わざわざ蓮池などに行かずとも、鳥を飼うなり、前庭の池に鯉を泳がせるなりなされば良いのに」
と、三保野から毎度のように言われていた。
「そうではない。私は自然の中にいる生き物を見ているのが好きなのじゃ。
閉鎖的な場所にいる生き物と違ごうて、次なる動きが予測出来ぬ故、飽きずに見続けていられまする」
濃姫がこう意気揚々として言葉を返そうものなら
「一つの事に夢中になると、なかなかにそこから抜け出せぬご性分は、お幾つになられても変わりませぬなぁ…」
と三保野は呆れ顔で首を横に振るのである。https://paul.3rin.net/Entry/6/ https://johnn.animech.net/Entry/6/ https://johnn.anime-cosplay.com/Entry/6/
それでも、好きなものは好きなのだから仕様がない。
そう自分に言い聞かせ、濃姫はいつものようにこの場所に足を運んでいた訳だが
「──お方様!こちらにお出ででございましたか!」
侍女のお菜津が小走りにやって来た事で、この日の楽しみはたった数分で終(しま)いとなった。
「申し上げます。急ぎ御座所へお戻り下さいますようにとの、三保野様からのお言伝てにございます」
「何かあったのか?」
「美濃のご母堂様よりお文が届いておられる由」
「…母上から?」
濃姫は眉をひそめるや否や、お菜津ら侍女たちを引き連れて直ちに居室へと戻った。
時ならぬ文である。
親族に不幸でもあったのか、または村木砦の戦の折に書き送った書状のことで何か問題が起こったのか──
色々思い当たる節があり、後回しには出来まいと思った。
濃姫は、居間の下座で待ち構えていた三保野から手早く文を受け取ると、上座の茵に着き、すぐに中を検めた。
眉間に一本筋を寄せながら、小見の方の、美しいがやや癖のある文字の数々に黙って目を泳がせてゆく。
「美濃のお方様は何と? どのようなご要件にございますか?」
三保野も気になるのか、身体を前に突き出すような姿勢で伺うと
「大事ではあるが…、思っていた大事とは違うようじゃ」
濃姫は真剣な眼差しを文面に注ぎつつ、どこか無感動に呟いた。
「どうやら父上が、斎藤家のご家督を義龍の兄上へ譲るご決意を固められたらしい」
「ま、では殿様がとうとうご隠居の身に !?」
「ええ。──父上様におかれては、折を見て、正式に稲葉山城主の座を譲り渡す旨を、皆々にご公言あそばされる心積もりとの事」
「何とまぁ、おめでたき事でございますな」
三保野が頬を緩めて述べると
「そうよのう。めでたい事…なのであろうな」
濃姫はどこか悩まし気な表情で呟いた。
腹違いとは言え敬愛する兄の出世である、濃姫も喜ばしい事だとは思っていた。
道三と義龍の仲が芳(かんば)しくない為、よもやこのような日は来ないかも知れないと案じていただけに、安堵感もひとしおなのである。
ただ、気掛かりなのは“万一の事態”が起こりはせぬかという懸念であった。
織田家への輿入れ前にも、従兄の光秀から
《 義龍様におかれましては、父上・道三様に対し奉り御謀反(ごむほん)の意志ありとの噂が、城中にて真しやかに飛びかっているのです 》
《 (道三の)孫四郎様、喜平次様へのご偏愛甚だしく、いずれは義龍様を廃嫡して、弟君様を当主の座に据えるつもりではないかと── 》
という話を聞かされた事があった。
この話の裏には、そういった噂が流れているとあえて本人に伝える事で、義龍の動きを封じ
「そんなに生き物がお好きならば、わざわざ蓮池などに行かずとも、鳥を飼うなり、前庭の池に鯉を泳がせるなりなされば良いのに」
と、三保野から毎度のように言われていた。
「そうではない。私は自然の中にいる生き物を見ているのが好きなのじゃ。
閉鎖的な場所にいる生き物と違ごうて、次なる動きが予測出来ぬ故、飽きずに見続けていられまする」
濃姫がこう意気揚々として言葉を返そうものなら
「一つの事に夢中になると、なかなかにそこから抜け出せぬご性分は、お幾つになられても変わりませぬなぁ…」
と三保野は呆れ顔で首を横に振るのである。https://paul.3rin.net/Entry/6/ https://johnn.animech.net/Entry/6/ https://johnn.anime-cosplay.com/Entry/6/
それでも、好きなものは好きなのだから仕様がない。
そう自分に言い聞かせ、濃姫はいつものようにこの場所に足を運んでいた訳だが
「──お方様!こちらにお出ででございましたか!」
侍女のお菜津が小走りにやって来た事で、この日の楽しみはたった数分で終(しま)いとなった。
「申し上げます。急ぎ御座所へお戻り下さいますようにとの、三保野様からのお言伝てにございます」
「何かあったのか?」
「美濃のご母堂様よりお文が届いておられる由」
「…母上から?」
濃姫は眉をひそめるや否や、お菜津ら侍女たちを引き連れて直ちに居室へと戻った。
時ならぬ文である。
親族に不幸でもあったのか、または村木砦の戦の折に書き送った書状のことで何か問題が起こったのか──
色々思い当たる節があり、後回しには出来まいと思った。
濃姫は、居間の下座で待ち構えていた三保野から手早く文を受け取ると、上座の茵に着き、すぐに中を検めた。
眉間に一本筋を寄せながら、小見の方の、美しいがやや癖のある文字の数々に黙って目を泳がせてゆく。
「美濃のお方様は何と? どのようなご要件にございますか?」
三保野も気になるのか、身体を前に突き出すような姿勢で伺うと
「大事ではあるが…、思っていた大事とは違うようじゃ」
濃姫は真剣な眼差しを文面に注ぎつつ、どこか無感動に呟いた。
「どうやら父上が、斎藤家のご家督を義龍の兄上へ譲るご決意を固められたらしい」
「ま、では殿様がとうとうご隠居の身に !?」
「ええ。──父上様におかれては、折を見て、正式に稲葉山城主の座を譲り渡す旨を、皆々にご公言あそばされる心積もりとの事」
「何とまぁ、おめでたき事でございますな」
三保野が頬を緩めて述べると
「そうよのう。めでたい事…なのであろうな」
濃姫はどこか悩まし気な表情で呟いた。
腹違いとは言え敬愛する兄の出世である、濃姫も喜ばしい事だとは思っていた。
道三と義龍の仲が芳(かんば)しくない為、よもやこのような日は来ないかも知れないと案じていただけに、安堵感もひとしおなのである。
ただ、気掛かりなのは“万一の事態”が起こりはせぬかという懸念であった。
織田家への輿入れ前にも、従兄の光秀から
《 義龍様におかれましては、父上・道三様に対し奉り御謀反(ごむほん)の意志ありとの噂が、城中にて真しやかに飛びかっているのです 》
《 (道三の)孫四郎様、喜平次様へのご偏愛甚だしく、いずれは義龍様を廃嫡して、弟君様を当主の座に据えるつもりではないかと── 》
という話を聞かされた事があった。
この話の裏には、そういった噂が流れているとあえて本人に伝える事で、義龍の動きを封じ
Posted by energyelaine at
00:32
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2024年07月05日
村木砦の勝利から数ヶ月後の、同年四月。
村木砦の勝利から数ヶ月後の、同年四月。
満開の桜の木々が臨める清洲城の庭園では、城主・信友主催による盛大な花見の宴が催されていた。
真っ白な桜の花びらが風に乗り優雅に舞い散るその下で、川原兵助ら大和守家の家臣たちが、
青々と茂った芝の上に毛氈敷きの台座を各所に並べて、戦乱の世である事を忘れ去ったような赤ら顔で、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
その周囲は大きく幔幕が張り巡らされており、その内で集う家臣らの最前、室内で言えば上座に当たる位置に信友の意気揚々とした姿があった。
信友は家臣らよりも一段高い、桟敷席のような場所に座して https://carinacyril786.livedoor.blog/archives/3299490.html https://note.com/carinacyril786/n/n2d564ecf68f1?sub_rt=share_pb https://debsy.joomla.com/2-uncategorised/2-2024-06-29-13-33-10
「さぁさぁ、守護殿もう一献。杯を伏せられるには些か早ようございますぞ」
「いや…これ以上は結構。もう十分頂戴致しました故」
「何を申されます、まだ半分も飲まれていないではありませぬか。宴はまだ始まったばかり、ささ、ご遠慮なさらず」
同席する尾張守護・斯波義統の杯に信友は恭しく酒を注いだ。
何とも居心地の悪そうな顔をして、義統がその一献戴くと
「此度の花見は守護殿への日頃の感謝を示す為に、それへ控える大膳の提案で催しましたもの。どうぞ心置きのうお楽しみ下さりませ」
「……」
「何せ、守護殿あってこその我が大和守家ですからな。あなた様がいなければ、今頃はあの信長の阿呆ぉめが、
平面づらに織田家の総領づらまでをもおっ被せて、己が本家とばかりに大仰な振る舞いを見ていたでしょうからな」
信友は冗談めかした口調で語りながら、やや歯並びの悪い口元を三日月形につり上げた。
彼らから一歩引いた場所に控える坂井大膳、織田三位、河尻与一ら重臣たちも、信友に同調するように白い歯を覗かせたが、その表情は何とも白々しい。
表向きは実権を失った主家の斯波氏を、織田宗家を名乗る正統性を保つ意味合いも兼ねて、
大和守家が長らく擁して来た訳だが、当の信友と義統の関係はとっくの昔に寒々しきものとなっていた。
かつて織田信秀の美濃進攻の折に、弾正忠家に対して手厚い支援を行った義統だったが、
宗家を名乗る大和守家の信友としては、義統と弾正忠家とが積極的に関わることを快く思っておらず、
また義統としても、こちらを傀儡守護と侮る信友に不満を募らせていた為、両者の溝は徐々に深まっていった。
一説によると、信秀の愛妾であった「岩室」を両者で奪い合ったという逸話まであるが、両者の対立が益々決定的となったのは、
義統の家臣・簗田弥次右衛門が掴んだ信友の“信長暗殺計画”を、信長本人に密告した事にある。
案の定この計画は失敗に終わり、加えて信友の家臣・那古野弥五郎の手引きによって、清洲城が信長勢
満開の桜の木々が臨める清洲城の庭園では、城主・信友主催による盛大な花見の宴が催されていた。
真っ白な桜の花びらが風に乗り優雅に舞い散るその下で、川原兵助ら大和守家の家臣たちが、
青々と茂った芝の上に毛氈敷きの台座を各所に並べて、戦乱の世である事を忘れ去ったような赤ら顔で、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
その周囲は大きく幔幕が張り巡らされており、その内で集う家臣らの最前、室内で言えば上座に当たる位置に信友の意気揚々とした姿があった。
信友は家臣らよりも一段高い、桟敷席のような場所に座して https://carinacyril786.livedoor.blog/archives/3299490.html https://note.com/carinacyril786/n/n2d564ecf68f1?sub_rt=share_pb https://debsy.joomla.com/2-uncategorised/2-2024-06-29-13-33-10
「さぁさぁ、守護殿もう一献。杯を伏せられるには些か早ようございますぞ」
「いや…これ以上は結構。もう十分頂戴致しました故」
「何を申されます、まだ半分も飲まれていないではありませぬか。宴はまだ始まったばかり、ささ、ご遠慮なさらず」
同席する尾張守護・斯波義統の杯に信友は恭しく酒を注いだ。
何とも居心地の悪そうな顔をして、義統がその一献戴くと
「此度の花見は守護殿への日頃の感謝を示す為に、それへ控える大膳の提案で催しましたもの。どうぞ心置きのうお楽しみ下さりませ」
「……」
「何せ、守護殿あってこその我が大和守家ですからな。あなた様がいなければ、今頃はあの信長の阿呆ぉめが、
平面づらに織田家の総領づらまでをもおっ被せて、己が本家とばかりに大仰な振る舞いを見ていたでしょうからな」
信友は冗談めかした口調で語りながら、やや歯並びの悪い口元を三日月形につり上げた。
彼らから一歩引いた場所に控える坂井大膳、織田三位、河尻与一ら重臣たちも、信友に同調するように白い歯を覗かせたが、その表情は何とも白々しい。
表向きは実権を失った主家の斯波氏を、織田宗家を名乗る正統性を保つ意味合いも兼ねて、
大和守家が長らく擁して来た訳だが、当の信友と義統の関係はとっくの昔に寒々しきものとなっていた。
かつて織田信秀の美濃進攻の折に、弾正忠家に対して手厚い支援を行った義統だったが、
宗家を名乗る大和守家の信友としては、義統と弾正忠家とが積極的に関わることを快く思っておらず、
また義統としても、こちらを傀儡守護と侮る信友に不満を募らせていた為、両者の溝は徐々に深まっていった。
一説によると、信秀の愛妾であった「岩室」を両者で奪い合ったという逸話まであるが、両者の対立が益々決定的となったのは、
義統の家臣・簗田弥次右衛門が掴んだ信友の“信長暗殺計画”を、信長本人に密告した事にある。
案の定この計画は失敗に終わり、加えて信友の家臣・那古野弥五郎の手引きによって、清洲城が信長勢
Posted by energyelaine at
00:17
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